
元旦である。
世間様は初日の出だ、おせちだ、箱根駅伝だと忙しい。
私は決算資料を見ている。
何か間違っている気もする。
だが今さら治らない。
レレレのレである。
昔から少し変だった。
遠足が嫌いだった。
前の日になるとみんな騒いでいる。
私は、
「休みにしてくれた方がいい」
と思っていた。
保育園の玉投げも嫌だった。
先生は楽しそうだった。
周りも楽しそうだった。
私は、
「何のために玉を投げるのだろう」
と思っていた。
可愛げのないガキである。
高校生になっても治らない。
「巧言令色少なし仁」
と言ったら笑われた。
古典の先生の前で、
海行かば
水漬く屍
と歌ったら腰を抜かしそうな顔をした。
本人は普通である。
周囲だけが驚いている。
みゃろめ。
高尾山を毎日走っていた頃もそうだ。
今ならトレイルランと言うらしい。
当時はただの変人である。
若い男女が、
「頭おかしいんじゃないの?」
と言った。
私は本気で腹が立った。
うるせえ。
こっちは好きで走っている。
お前らに走れと言った覚えはない。
ほっとけ。
酒場も同じだ。
昔、
「ひとりで飲む男を見ると涙が出そう」
と言う人がいた。
こちらは悲しくて飲んでいるのではない。
飲みたいから飲んでいるだけだ。
しかし説明するのも面倒なので、
「そうですね」
と言っておいた。
大人とはそういうものである。
フルマラソンを一か月で五回走ったことがある。
みんな引いていた。
今読み返すと私も引く。
何をやっていたんだ。
馬鹿野郎である。
だが自分で決めた。
だから走った。
登山もそうだ。
苦しい。
疲れる。
雨も降る。
熊もいる。
金もかかる。
それでも行く。
誰も登れと言わない。
登らなくても誰も怒らない。
それでも登る。
最近になってようやく分かった。
五十八年もかかった。
私は自由が欲しかったのではなかった。
好き勝手したかったのでもない。
自分で決めることが好きだったのだ。
会社の慰安旅行が苦手だった理由も。
ノルマ営業が苦手だった理由も。
みんなで同じ方向を向くのが苦手だった理由も。
やっと分かった。
あれは私の山ではなかったのである。
人は自由が欲しいと言う。
違う。
少なくとも私は違った。
本当に欲しかったのは、
自由ではなく、
自分で選んだ縄だった。
中島みゆきなら、
「あたし」と歌うだろう。
高倉健なら、
不器用ですからと言うだろう。
孔子なら、
巧言令色少なし仁と言うだろう。
大伴家持なら、
海行かばと言うだろう。
私はと言えば、
元旦の朝から仕事をしている。
実に締まらない。
だが、
この縄は自分で選んだ。
それだけは間違いない。
机の上には仕事がある。
コーヒーはぬるくなった。
外はまだ暗い。
それでも私は机に向かう。
誰かに連れて来られた道ではない。
自分で選んだ山だからだ。
最近になって分かった。
五十八年もかかった。
他人の決算は読めるのに、
自分の決算は読めなかった。
実に締まらない話である。
レレレのレ。
信用残高理論

ドストエフスキーの『地下室の手記』を読んでいて、一つ面白いことに気が付いた。
地下室の男は頭が良い。
人間の弱さも見抜く。
社会の偽善も見抜く。
しかし、彼は信用残高ゼロで生きている。
だから肩がぶつかっただけで人生の問題になる。
同僚との食事会で軽く扱われただけで何年も苦しむ。
リーザとの失敗も致命傷になる。
なぜか。
信用残高が無いからである。
私は税理士として30年以上仕事をしてきた。
その中で分かったことがある。
信用とは、
「失敗しないこと」
ではない。
信用とは、
「失敗した時に、もう一度信じてもらえること」
である。
例えば10年間無遅刻無欠勤の社員がいる。
ある日、
「子供が熱を出しました」
と言って休んだ。
ほとんどの人は信じる。
証拠があるからではない。
10年間の積み重ねがあるからだ。
逆に毎月遅刻している人が同じことを言っても疑われる。
現実は同じでも、受け取られ方が違う。
その差が信用残高である。
若い頃、私は阪神・淡路大震災で家が被災した日も、公衆電話に並んで出勤連絡をした。
高熱で動けない時も顧問先へ向かった。
交通事故で救急車に運ばれた日も約束先へ行った。
当時は「信用のため」だと思っていた。
今振り返ると少し違う。
私は無意識のうちに信用残高を積み上げていたのだと思う。
いつか失敗する日が来る。
人間だから当然である。
その時に、
「まあ先生にもそんなことはある」
と言ってもらうための積立金だったのかもしれない。
経営でも人生でも同じである。
失敗しない人はいない。
重要なのは、失敗した時にどう見られるかだ。
信用とは人格の勲章ではない。
未来の失敗を受け止めてもらうための無形資産である。
地下室の男は信用残高ゼロで生きた。
だから全てが致命傷になった。
私はそうなりたくない。
だから今日も少しずつ信用残高を積み上げている。



